有賀智之(日本HBOCコンソーシアム広報委員)
第2回日本HBOCコンソーシアム学術総会が東京医科歯科大学三木義男教授により平成26年1月18日、19日の二日間にわたり開催された。BRCA1のクローニングに世界で初めて成功された三木教授が会長をされる学術集会であり極めて感慨深いものであった。総会ではHBOCの基礎から臨床まで幅広い講義が行われ、参加者との数多くの質疑応答もあり本領域への関心の高まりを肌で感じることができた一方でHBOCへの取り組みは本邦においてはまだ緒に就いたばかりであり、取り組むべき多くの課題が示された。此処に各セッションでの発表を報告する。
HBOC家系データ集積は急務
第一日目はHBOC家系登録の勉強会から始まった。
初めに、日本HBOCコンソーシアムが予定しているHBOC家系登録事業について、中村清吾理事長より、紹介がなされた。登録事業は、平成22年の日本乳癌学会の班研究(我が国における遺伝性乳癌患者及び未発症者への対策に関する研究)において行われたHBOC家系登録の研究を引き継ぐ形で、HBOCコンソーシアムで継続的にHBOC家系員の登録を行い、日本人のHBOCの特性を明らかにし、診療に反映させる目的であることが説明された。我が国のHBOCに対する取り組み状況は、世界と比するとやや出遅れ感が否めないところではあるが、この遅れを取り戻すためにはオールジャパンとして本疾患に取り組むべきであることは論を俟たない。
次いで急務であるこのHBOC家系情報の集積のために新たに開発された家系登録システムの概要について、横山士郎コンソーシアム事務局長から、説明があった。登録システムのプログラムはAccessを用いているが、参加施設に配布されるシステムにアプリケーションソフト(表1参照)も含まれており、Windowsの一般的なPCで使用でき、特殊なソフトを購入する必要はないことが示されたほか、登録担当者のID,PWの設定、提出用データファイルの暗号化および個人情報保護の匿名化の仕組みなどの安全対策が施され、家系員の長期フォローアップのための仕組みや家系図の取込などの機能が紹介された。
6月公開に向けて進むHBOC家系登録システムの試用報告
更に、この登録システムのテスト使用をしている施設で入力を行っている担当者3名から、HBOCの診療と入力作業についての注意点の説明がなされた。認定遺伝カウンセラーの芦原有美氏から、遺伝カウンセリングの場面における家系情報の聴取では、患者様が祖母や叔母など第2度以上の血縁者の病歴を把握していることはないので、1回だけの聴取で入力データとするのではなく、情報収集の課題を持ち帰ってもらい複数回の家族歴聴取をするべき家系があることや、乳腺科及び婦人科の医師との連携が重要であることが説明された。乳腺外科医の吉田玲子氏からは、乳がん発症患者の対側乳がんや卵巣がんの発症リスクとフォローアップに必要性とデータ登録の意義が説明され、未発症家系員にも同様のフォローアップを勧めるが、現実には未発症者の認識を高めることの難しさがあり、医療者側の積極的なアプローチや工夫が必要であることが報告された。乳腺外科の看護師でデータマネージャーの渡邊智映氏からは、班研究での家系登録によるデータ解析の成果が報告され、それらを得るための乳がん及び卵巣がんの臨床情報のポイントが説明された。
最後に、日本HBOCコンソーシアムの登録委員会の委員長である新井正美医師が、自身の遺伝性大腸癌の登録事業(ポリポーシスセンター)での経験を示しながら家系登録は現場の負担は大きいが非常に重要性な作業であることを力説し、HBOC家系登録の手順について登録委員会で4月中に最終的な議論を詰め、6月ごろに全国に公開する予定であることを報告した。
韓国におけるHBOC診療の進展
第一日目後半のセッションではアジアにおけるトップリーダーの一人、韓国のDr. Kimより同国におけるKorean Hereditary Breast Cancer (KOHBRA) studyのup dateを聴講した。KOHBRA studyは2007に始まった前向きの大型コホートスタディであり、その解析結果から同国の創始者変異の発見、韓国における変異保有確率予測プログラムKOHBRA BRCA risk calculator (KOHCal)の開発などオールコリアで取り組んできた様々な成果についてお聞きした。また、韓国ではBRCA遺伝子検査が保険でカバーされていることや必要な多くの人にこの検査が行われている現状など今後日本の目指すべき方向についてお示しいただいた。
HBOC医療を提供しうるチーム作りの重要性を示唆
二日目は中村清吾理事長による日本HBOCコンソーシアムの進捗状況と今後の方針についての講演にて始まった。NPO法人としての日本HBOCコンソーシアムの組織紹介に始まりこれまでの成果、BRCA関連癌に対する予防、治療の最前線、日本におけるHBOC診療のいままでとこれからの展望をお示しいただきその目的を達成するためには多職種による取り組みと連携が喫緊の課題であると結ばれた。
第二部ではHBOCの遺伝医療に関するより実践的な内容の講演が行われ、最初のセッションでは遺伝診療科の立場からとして臨床遺伝専門医の新井正美氏、遺伝カウンセラーの四元淳子氏からお話しいただいた。そのなかで新井氏は臨床遺伝専門医の概要と現状を話され癌領域を専門としている専門医の少ないことや遺伝性疾患を通じたゲノム医学の醍醐味をご自身の経験、実際の症例をもとにわかりやすくお示しいただいた。四元氏は今後の遺伝カウンセリングに何が求められるかについて、どのような人が対象者になるか、どのような評価モデルが有用か、どのような予防手段があるのかなどカウンセリングの実践を基にお話しいただいた。続く乳腺外科医の立場からは乳腺外科医師杉本健樹氏、矢形寛氏からの講演を拝聴した。講演の中では乳癌の臨床に携わるうえで家族歴、家系図の重要性を実際の症例をお示しになりながら強調され、日常診療で行うべき家系情報の取得やリスクに応じたフォローの重要性につき話されたほか、BRCA変異保有者にたいするサーベイランスと予防治療に関するシステマティックレビューを中心に本邦における問題点やそのような有効な予防、治療を提供するためのチーム作りの重要性をご教示いただいた。最後に婦人科診療の立場からは婦人科医師鈴木直氏、佐藤豊美氏より御講演を賜り、卵巣癌の基本的事項から遺伝性卵巣癌の特徴、BRCA遺伝子との関連などをご教示いただいた。なかでもHBOCに対する婦人科医師のアンケート調査からは本領域に対する関心の高さが伺われ乳癌領域同様、卵巣癌領域においても今後の発展が強く期待しうる内容であった。
第三部の教育講演では臨床遺伝学の基礎につき近畿大学教授田村和郎氏より御講演をいただいた。直感的に理解しやすいスライドと後学のための参考図書紹介、公開された家系図描画ソフトの紹介等々、遺伝医学の基礎知識がない聴講者においても大変わかりやすく、また明日から役立つ情報が満載であり将に題名通り『明日から役立つ臨床遺伝学の基礎』の話であった。
効率的な原因遺伝子探索に向けての本コンソーシアムの役割を提言
第四部の最終セッションでは遺伝医療を支える疾患研究に関して乳腺外科医師大住省三氏、婦人科医師関根正幸氏、基礎医学研究者千葉奈津子氏、米国、日本での遺伝カウンセラー田村智英子氏、会長の三木教授より御講演をいただいた。大住氏からはHBOCにおける予防治療研究の最前線から浸透率、表現型に影響を与えるmodifier gene、BRCA以外の原因遺伝子の検索など今後の本領域研究の方向性をお示しいただき、関根氏からは遺伝性卵巣癌の特徴から現在までの研究報告をお示しいただいた。中でもBRCA1の L63XやQ934Xといった我が国における創始者変異と思われる特定の変異が東日本を中心とした複数の卵巣癌家系で同定されていることやまたその結果が10年以上も前に発表されていたことなどが示され、本邦においても本疾患へのしっかりした取り組みが古くからあることに大変感心させられた。千葉氏からは依然機能面においては謎の多いBRCA遺伝子の機能評価法の開発、特に現在知られているDNA修復や中心体、紡錘体極の制御機能に対するアッセイ法の紹介が行われたほかBRCA1の新規結合分子OLA1に関する研究につき詳細な研究結果を御教示いただいた。田村氏からは家族歴聴取、カウンセリングにおけるこつと注意点、BRCA以外の原因遺伝子の説明、乳がん卵巣がん以外のBRCA関連悪性腫瘍など幅広い知識を日米両国における豊富なカウンセリング経験をもとにお話しいただいた。
セッションの最後には会長の三木教授より遺伝性乳がん卵巣がんの原因遺伝子検索や関連遺伝子変異検索の最前線に関する御講演をいただいた。また本コンソーシアムを通じて血液検体、手術標本のバンキングとそれを用いた様々な遺伝子解析を行い、効率的なBRCA遺伝子検査及び新たな原因・関連遺伝子検索等幅広い研究を行っていくことが提言された。HBOC診療の名の下、本邦の各種関連職の諸氏が集い、基礎研究者が研究の陣頭指揮を執ることにより、立派な研究結果が日本から出る日もそう遠くはないと思わせる熱気に包まれつつ総会は成功裡に幕を閉じた。